山地酪農について

山地酪農とは

山地(やまち)酪農とは、植物生態学者である猶原恭爾博士(1908-1987)が提唱した酪農手法で、『山に牛を放牧する酪農』です。
山に自生している草を牛たちが食べ、排泄物が肥料となって土に還り、再び草が生える。この循環の中で乳や肉を得る方法です。

山地酪農家の数は?

酪農と聞くと広い野原でのんびり過ごす牛の姿をイメージする人も多いと思いますが、実際には約97%の酪農家は牛舎で飼育しており、昼夜放牧を実施している酪農家は3%ほどしかいないといわれています。
中でも山地酪農を実践している酪農家は10軒ほどしかいないと考えられます。
実は放牧自体とても珍しいのですが、山地酪農は更に珍しいスタイルです。

私たちが山地酪農を選んだ理由(ワケ)

牛たちにとって本当に山地酪農がいいのかは、牛たち本人に聞いてみないとわかりませんが、私たちは牛たちにとってはもちろんのこと、周辺環境にとっても、そして大袈裟ですが日本や世界にとっても、総合的にいいのではないかと思い、山地酪農を選びました。私たちが思う「良いこと」は次の通りです。

  1. 自由に動ける広大なフィールド
  2. 気分で好きなものが食べられる様々な草
  3. 足腰が鍛えられる変化に富んだ地形
  1. 使われていない土地が活用されて再生される里山
  2. 保水力・治山力が上がり、減災にも繋がる
  3. 食料自給率が高まり、外的要因の影響低減
  4. 世界の食料問題・環境問題解決の可能性
  1. 安心・安全な乳製品が入手できる
  2. 学びの場・癒しの場にもなる牧場

山地酪農に必要な面積は?

一言に「山で放牧する」といっても、狭い面積では牛たちが食べた草が再生するという循環は生まれません。必要な広さは1ha(ヘクタール)あたり2頭までが目安。1haは野球場のグラウンドの広さに相当するので、広い面積が必要なことがわかると思います。ペアツリーファームでは約8.5haの山林を牛たちと共に開拓し牧場として整備しています。
広い山でのんびり暮らす。これが山地酪農です。

山で牛は何を食べる?

一般的な牛舎飼育の牧場では乾牧草と配合飼料(トウモロコシなどの輸入穀物主体)が与えられます。
山地酪農では山に生えている草を主体とします。ご存知の通り、牛は草食動物なので、針葉樹の葉や毒性のある草、硬い草やトゲトゲした草などを除き、緑色の植物なら大体食べます。
草の葉だけではなく花や種も食べますし、木の葉や木の実だって首を伸ばして食べます。
酪農の教科書ではこれらの植物はほとんど書かれていませんが、広大な山で様々な植物を、その日の気分で食べることは牛たちにとっても良いことなのではないかと考えています。雑多に生える植物は牛の放牧によって淘汰される種類もあり、徐々に『野シバ』という植物が繁茂します。

山地酪農で広がる『野シバ』とは

野シバ(ノシバ)の学名は「Zoysia japonica Steud.」。日本の在来種で法面補強や公園の芝生などにも用いられる植物です。日本全国に広く分布しているのですが、背丈が低いため背丈の高い植物が増えると勢力を伸ばすことはできず、普段目立つことはほとんどありません。
牛を放牧することにより背丈の高い植物は食べられるので、山地酪農では自然と野シバが広がりますし、意図的にシバ植えをして広げる場合もあります。
野芝は匍匐茎(ほふくけい)といって茎が地面を這い、脇芽に当たる部分が葉として地面から生えるように伸びます。葉が食べられても匍匐茎を伸ばすことで生長できるだけでなく、20〜30cmほど深くまで根を張るため、芝草地全体がスポンジのようになり、牛が踏んでも壊れにくい芝生が生まれ、広葉樹並みの保水力で地表侵食を防いで崩れにくい山をつくってくれます。

山地酪農で再生する里山

恐らく日本全国ほとんどの田舎では、シカ・クマ・イノシシ・サル・タヌキ・キツネなど、様々な野生動物による獣害に悩まされていることでしょう。その対策として多額の税金で駆除したり集落を柵で囲んだりしていると思います。
一概には言えませんが、それらの一因として「里山の消滅」があります。古くから、人間が住む「里」と、野生動物が暮らす「山」の間には、人間が利用する山である「里山」がありました。里山で木を切ったり山菜やキノコを収穫したりする場であり、「里」と「山」のクッション機能を果たしていたと考えられます。しかし時が経ち、化石燃料の普及、木材輸入の増加、山村部の高齢化などにより、里山はどんどん利用されなくなり、山の一部となってしまったことで里と山が接してしまい、獣害が増えたという側面があります。
元々「里山」だった場所で山地酪農を行うことにより里山が再生されて獣害が抑えられるだけではなく、田舎に産業が生まれ、地方創生まで行えます。
山地酪農を通じて、人間と野生動物が敵対関係ではなく共存関係を築くことができます。

山地酪農が出来る場所は?

山地酪農は砂漠や岩石地帯、厳寒地や高山などを除き、草が生える場所ならどこでも可能です。既に地表に光が当たらない山では、ある程度伐採することが必要ですが、藪化している放置林や耕作放棄地では外柵を敷設するだけで、あとは牛たちが開拓してくれます。もちろん、牛が食べない草の除去(掃除刈り)や危険箇所の補修、飲み水の確保など必要なことはありますが、使われていない場所を活用できるので、全国で山地酪農が行われることを願っています。
ちなみに日本の国土の66.3%が山林ですが、日本国内にいる乳牛約132.8万頭を全て山地酪農で飼育したとした場合、森林面積のたった9.4%を山地酪農牧場に転換すれば飼育できます。

牛がつくる災害に強い山

近年、台風や大雨による水害が毎年のように日本全国で発生しています。地球温暖化による気候変動の影響により雨量自体が増えているという側面は大いにあると思いますが、雨が降り注ぐ山の問題も否定できません。
先述の通り、日本の国土のうち66.3%が山林で、そのうちの約4割は人工林です。人工林のうち、昭和20〜30年代、戦後復興の木材需要の高まりで打ち出された「拡大造林政策」(広葉樹林を針葉樹林に変える政策)で生まれた山も多く、60年ほど経過する中で管理は徐々に行われなくなり、放置山林が増えました。地表に一切光が届かず、他の植物が生えない上、根張りの弱い針葉樹の保水力は弱く、大雨が降ると地表ごと流れ、土砂災害を引き起こします。
所有者が管理しようとしている場合でも、手間と費用がかかる「間伐」ではなく、一度に全ての木を伐採する「皆伐」を選ぶケースも多く、植物の少ない山が露出すると、これも土砂災害のリスクとなります。
いずれにしても、山が所有者にとっての「負債」となってしまっていることが一因なので、牛の飼育で得られる収益を原資に間伐を行、野シバの力で保水力が回復すれば、山林放置の問題と災害への弱さを同時に解決することができます。
ペアツリーファームの管理地のうち半分は鬱蒼とした針葉樹林なので、山地酪農を通じて健全な針葉樹林をつくるロールモデルとなりたいと考えています。